nozaki
ふらっとお茶を
昔物語が良いばかりではないが今の人は可哀想だと思うことがある

「待ち合わせ」が無くなった、とはずいぶん前に言われたこと
今は、だいたいの日時と場所を決め後は「もしもし今どこ?」と携帯電話をしながら
同時進行で落ち合うのだから

「改札口を出た所」の、改札口が3つもあって「えっ〜」っと驚いたりしたことも懐かしい
待ち合わせ場所の向こう側とこちら側で何時間も待ちあって、縁をなくした人も少なくない

あの頃は可哀想だった、では何?

昔高校生が学校帰りに喫茶店に入ろう物ならば「停学」という校則があったりして
喫茶店=不良 みたいな風潮があった
バーや居酒屋ではないんだからと可笑しくも思える決まりが(今もあるものなのか?)

しかし街中にある喫茶店はちょっぴり大人の感じのする場所で、行きたかった
なにげないことですが名前などを覚えてもらったりすると嬉しくて・・・
オシャレして出かけたなぁ

今はファーストフーズ店やコーヒーチェーン店が台頭してそんな喫茶店は少なくなってしまった

大勢で行くには良いかも知れない、広いし、構わないし
何やら難しい用語を覚えて『オーダー』さえすれば席には誰も来ない
(逆にお年寄りにはこのオーダー方法と専門用語の解説が必要なのだけれど)
(後ろで順番待ちをされるとますます辛い)

けれども1人のとき、1人で行くには寂しい気がする
1人だからカウンターに座って何気ない会話をそこのマスターや店員さんと
という訳にはいかない、決まったフレーズ以外話さない、ある時間だけいるアルバイトさんでは

そういう意味では小さな居酒屋もそんな感じで1人客にはありがたい
チェーン店の居酒屋さんでは肩身も狭い、というより1人では居られない
(今時のチェーン店に行った事がないので昔のイメージですが)

きっと今の人は家族も少なく馴れっこで寂しくないのかもしれない
1人だから行きやすいのかもしれないファーストフード店

それぞれの年代でそれぞれの思い出があるのだからと思いながらも
若い頃行ったのは○○モールの○○コーヒーチェーンや○○ファーストフード
幼い頃行ったのは親に連れて行ってもらった○○モールの○○ファーストフード
が可哀想に思えるのは喫茶店全盛期?世代だからなのか

「あの喫茶店の店員さん可愛いな」と
「あそこのチェーン店のアルバイトの子が可愛くてさ」は同じようなものか
だとすると本当に寂しいのは会話する時代に生まれて、その場所が減ってしまった年代の人か

言葉で繋がる人間だから対話する所が欲しいと思うのも独りよがりか
挨拶や言葉で繋がることが少子化や孤独死の打開策になりうるなどと思うこともただの驕りか

利用しないのでは無くなってしまうのに閉店セールになると惜しむ言葉を言う勝手さに
シャッター通りやコインパーキングだらけになってからでは遅いのになどと思いながら

閉じる