秋になって
つい2・3日前のブログに北海道は大陸からの寒気が入って雪になる所もあると書きました
もうそんな時期なんだ、なんて
しかしその北海道のある所(場所は忘れましたが)ではこの初冠雪は記録をとり始めてから3番目に遅い雪だったそうで
少し涼しく寒くなったくらいであーだ、こーだ言っている、生活と雪や強い寒さが密接していない所の感覚なんだと反省

屋根の雪下ろしの経験の有る私ですが仕事のうちのそれは、仕事を休んで雪下ろしをしないと家が壊れると言うのとは
おおいに違う、生活の場が壊れるという死活問題なのですから
今雪下ろしの要らない地に住み、その苦労も薄れつつ
周りを見ても雪国のその苦労を知る人は少ないと感じますし、この地のありがたさに感謝をしています

昨日は宮城県沿岸の養殖カキの初出荷があるという報道に、これから冬に向って美味しい物がたくさん出てくると
嬉しくなりました

秋はさんま、昔はどの家からも煙と美味しそうな匂いが漂っていた
もうずいぶん前からこの煙は無くなりました、レンジに付いた魚焼きグリルの進歩と共に
少し残念だと思うのは私だけだろうか

その代わりと言っては何ですが、三陸で水揚げされたさんまでの『さんま祭り』では無料で提供される焼きさんまは
ドラム缶を半分に切って炭火で『煙』と『匂い』と共に焼かれた逸品、煙も吸ってとばかりに
あの方が・・・と思いもしますがレンジ周りや壁などが汚れるからと油の揚げ物をしない世代には解らないのだろうか
(いや解っていても現実は・・・・、かも知れないし)

栗ご飯や栗蒸し羊羹なども、新栗入荷しましたの張り紙で思い浮かべる
実は栗は剥くのが大変だからだったり
また『新そば』の張り紙にもこころ踊らされて

秋は良いなぁ〜   と

ただ自然界では実の成る木々が減ったり、暑い夏の気候に不作だったりと、熊の里への出没が報道されたり
知床のこれから冬眠に備えるというヒグマの痩せ細った姿が写されたりしていて
哀しい秋でもあります
秋鮭の漁獲量も激減ということでヒグマに回る物がないのだろうか
輸入材に押されて衰退した林業も実の成る木々や広葉樹などを植えるどころではないのだろうし

自然との共存共栄と言う言葉も聞かれるが
人間たちが「綺麗」という紅葉も木々達にとっては冬を生き抜くための 葉落とし なのだから

秋になっても栗や松茸、いろいろな旬を食べれなくなって
日本の四季と食べ物はどんな風に変わっていくのだろう
食育をと言われる幼い子ども達とその両親が四季の食べ物を忘れ、伝えられなくなる日が近い
とは思いたくはないが

この年近くになって、何を食べようと思うとき『和食系が』と言うように年配向きの食べ物ではあるのだけれど
さて秋の夜長、読書を放って何の食べ物を思い浮かべよう
 
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