ある雨の日の情景
先日の雨の日、あるバス停の近くを通り過ぎようとした時に懐かしい光景を見ました

きっとずっと前を見ていたら見逃してしまいそうな、バス停から少し離れた所にその赤い傘はありました
その女性は雨の降る中バスが来る方向を見てじっとたたずんでいました
手にはもう1本の傘を抱えるようにして

懐かしい、と言っても傘を持ってバス停や駅に迎えに来てもらった事などないのですが
その昔見たドラマや映画などの光景を思い出しただけで

駅の改札口でお母さんに頼まれてお父さんを迎えに来た娘の姿や
若いカップルがどちらかを迎えに、帰りには居酒屋にちょこっと寄りこんで
弱い雨なら、持ってきた傘は手に持ったまま寄り添って・・・・・なんて
雨の日にはドラマがありそう、 などと思うのも
知らず知らず雨の日が晴れた日に比べ、非日常なのだと思っているせいでしょか

今でもあるのでしょうか? 雨の日のお迎え

コンビニには雨が降ると決まって、安いビニール傘が入り口付近に売り出されて
昔はそのビニール傘も100円傘なんて言っていた気がする
どこの家にも1本や2本は柄の錆びたビニール傘がほったらかしてあるだろう

そして 「行ってられないから、ビニール傘でも買って来て」 となるのだろうか?
安い傘が出来て、『お迎え』が無くなってしまった
なんて思うのは私だけだろうか

ところが、 先日また『お迎え』の光景を目にしました
今度は幼稚園バスを待つお母さんたち、晴れた日も雨の日も
そうか、お迎えはもうあのくらいの子供のためのものになってしまったのか、 なんて思いながら

でも、迎えがこれない子供たちは幼稚園にも行けないのだろうか? などという疑問も湧いてきて
どうなのだろう?

雨の日はその後もあって、今年の春は天候が優れない日が続くが
いろいろな条件が揃っての『雨の日のお迎え』にはその後お目に掛かれない

赤い傘を見て、懐かしいような優しい昔の風景を見たのだろうか

生活環境はその時々によって変わり、いろいろな生活を作り上げていく
不自由さがその効率だけではない何かを含んでいてもその時に感じることはなかなか難しい
だから人は時々昔を思い返すのではないだろうか、 などと思いながら
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