nozaki
良いことは取り入れて
昔サラリーマンをしていた頃、それもまだ社会人1年生と呼ばれていた頃
東京の営業所の勤務となった
そしてメーカーの購買担当者に紹介され幾度と無く足を運ぶようになる

その担当者は30歳前後かと思われたがキビキビとして実に気持ちが良かった

この新人も少し慣れた頃いつもたくさんの資料を持って現れるその担当の
大きな消しゴムに眼を止めた、何度か見ていたはずだった

その消しゴムは10cmはあろうかと言うほどの大きな物だった
実際には7cm位だったと思うのだがそれほどのインパクトがあった

確かに小さくなるまで使うことは良いことだし普通のサイズの物でも事足りる
ただあまり小さいと転がるし机から落ちるころころと、それを探すのも一苦労
うんうんと思われた方もいるのでは

けれどもそのどっしりとした消しゴムは「あれなら落ちないし、机の上ですぐ分かる」

しばらくしてその担当との打ち合わせに大きな消しゴムを用意してノートを取る僕がいた
   (後日この消しゴムも小さくなるんだと思って苦笑いする自分に気づくのだが)
多分何事でもそうではないかと思うのだが「良いことは取り入れる」が大切だと
人それぞれ好みや感じ方が違うゆえ、やり方や進め方が個性的でも良いことではあるが

たとえばファッションなどは千差万別、みんな同じではないから楽しいし

この辺りでは髪を『ムラサキ』に染めたお年寄りにはなかなかお目にかかれないが
東京などではこのような人もちょくちょく見かけ
派手な明るい色のTシャツのおじいちゃま、おばあちゃまなどは当たり前
それも決して周りから浮いているのではなく、似合っていないのでもない

いつか見た雑誌の1ページを取り入れたり、見かけたファッションを取り入れる
どちらも素晴らしいことではないか
だから周りから学ぶと言う事を大切にしたいと、柔軟な気持ちでいたいと

教育もこうありたいと思う
詰め込みばかりで、応用力の無い丸暗記の子どもを作るのではなく

幼い頃より見て覚え、取り入れて自分のものにしていく
少し時間はかかるけれど、周りがそれを見守ってあげるゆとりを持ちたい
15年や20年は待てる気持ちを

全ての大人が『メソポタミア文明』を知らなくても良いのではないか
マチュピチュを知り、歴史に興味を持ってからでも

学歴社会を少しづつ変えつつある求人状況
個性的やら独創性、応用力が多く求められている社会に
儲け主義の教育関連企業はピントがずれてはいないか

もしかしたら百も承知で解っていても稼げるうちはと親と世間をだまし続けるというのか

世間並みを大切にしてきた日本人の、それこそその行動を良く観察し
取り入れた教育企業戦略だよ、などと言わず
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紙のような感じですが
革です、
水に強く丈夫
そして軽いのです。
色もいろいろ