nozaki
所変われば
風俗習慣の違いなどと良く耳にする
もともと他国と自国の違いを何か気まずい言動などの修復の時に
「さもあらん、ご理解を」とばかりに持ち出されるのであるが

しかしこんなちっぽけな島国日本でもそれは多いに異なる
最近のテレビ番組に『秘密のケンミンショー』と言うのがあって
47都道府県の違いを紹介する

へェーっとばかりに地域のよる違いを紹介するので面白くついつい見ている

しばらく前まで滋賀県の田舎に住んでいた(坂田郡伊吹町甲津原奥伊吹スキー場)
滋賀県と言えば京都にも近く宗教的にも昔からの土地柄
世が世であったならば安土辺りが日本の首都に成っていたのかも知れない

言葉などが違うのは当たり前で、それはここら辺り(遠州浜松)で
「びんさら持ってこい」と言われ『瓶』と『皿』??を持っていく他県出身者に
「ええっ、『びんさら』、『び・ん・さ・ら』だって」と訳の解らぬ説明?をする・・・・
ですから方言は当たり前なのですが
ちなみにこれ「びんごと」と言えば全国区

滋賀県へ行って一番びっくりしたのは信仰の厚さ
ある時不幸があって通夜に行ったことがある
「○○時からな」と言われ、○○時って?と思い尋ねると「みんなで行く」という

ここ浜松辺りで、会社の同僚の親が亡くなったとすればそれを聞き
会社帰りに作業服や通勤着姿で通夜会場へ行きお悔やみを言いお焼香をして帰る

夏の時期であったので白い半袖のポロシャツにグレーのスラックス姿で集合場所へ
行ってみるとみんな黒の礼服姿、「ええっー」っと思ったのは言うまでも無い

そして家に行き座敷に座っていると、なにやら前から配られてくる
見てみればお経を書いた冊子?本?(何と言うかは未だに知らない)

それでは、と、 みんないっせいにお経を唱え始める
もちろんお経など見た事も読んだことも唱えたこともない当方は唖然と

そういえば甲津原の子供達は夏休みやらによくお寺に行っていたな・・・と

ですから隣の国と風俗習慣や感性までもが違って当たり前なのです
何事も自分を標準と考えがちの地球の人類は
死ぬも生きるも皆いっしょの星と言う考えに変わらなければ

これからますます温暖化による地球危機が進んでいく
日本人が、とか漢民族が、ウイグル族が、白人が、黒人が、朝鮮人がなどと言っている
そんな場合ではないと思うが
たしかに親子や兄弟、ご近所でさえも理解しあうと言うことが難しいのも現実なのだが

ただ今居る人々の生きている間にではないので響かない、少しずつ、少しずつ、では。
そうして人間も二足歩行になってきたように、少しずつ少しずつまた海に帰っていくのか

所変われば品変わる、だからいろいろな食べ物があって嬉しいし、人もそうだと思う
世界中みんな同じ姿で同じ顔、みんな錠剤でお食事では『たくさん悲しい』
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この夏どこかお出かけに〜?